2月22日の出来事。
「萩編」(雨)
| 6:30 | 朝の温泉に入りたかったので、頑張って早起き。
朝の温泉は、人も少なくて、めちゃくちゃ気持ち良かったです。 |
| 7:30 | 朝ご飯の為、宴会場に向かう。メニューはよくある、鯵の干物と、生卵みたいな
感じでした。 |
| 8:30 | 萩観光ホテル出発。女将さん始め、大勢の手に送られる。添乗員さんが、
「みなさん、皇太子様と雅子さまになったつもりで手を振りましょう!」 と言うと、他のツアー客は大爆笑していました。 |
| 8:50 | 本日最初の観光地、萩焼き窯元到着。萩焼の窯を見学。その先には
ズラリと萩焼きのお土産が並ぶ。そこで、萩焼について少し説明を聞く。 萩焼きは、別名高麗焼とも称し、慶長年間に毛利輝元が、朝鮮の陶工 「李勺光、李敬」兄弟を連れ来り(誘拐?)、藩の御用窯として開窯し、以後400年に わたり、職人達がその技術を伝承し、現在に至るということでした。 萩焼の特徴として、「貫入」というのがあります。これは、表面に出来る 小ヒビ割れの部分に茶渋が入り込み、長年使用していると、段々とヒビ割れた 部分に何ともいえない文様が浮かび上がる現象のことを言います。 このことから、貫入のことを別名、「萩の七化け」ともいうそうです。 だから、湯飲みとして購入した萩焼は、お茶のみに使用した方が、いい文様 が出ていいんだそうです。決して牛乳なんか飲んではいけません。 そしてもう1つの特徴、それは、萩焼は必ず足の部分を1箇所欠けて作る ということなんだそうです。何故そんなことをするのかというと、そもそも献上品 であった萩焼を、一般庶民が使えるようになったとき、民衆は、 「お殿様と同じ物を使うなんざ、とんでもねぇことだよ。」 ということで、わざと足を欠けさせて、今風に言えば、わざと「アウトレット品」 として作り、庶民が使いやすく加工したのが始まり、とかいってたような 気がしました。 記念に1つ買おうかなぁと思いましたが、値段がちょっとあれだったんで、 焼き物だけに、一生懸命目に、焼 き 付 け る ことにしました。 |
| 9:10 | 次の目的地、大照院へ向かう。ガイドさんから、この大照院には、毛利家初代
藩主と、偶数代藩主の墓所であるという説明を受ける。と、バスの中で、萩観光 ホテルから、このツアー参加者全員に、萩焼の湯飲みのプレゼントを頂く。 買わなくて良かった。そして、ありがとうござます。 |
| 9:20 | 大照院近くの駐車場に到着。ここから徒歩で向かう。
天気が雨で、結構寒い。でも、雨ならではの趣がある。 |
| 9:25 | 霊椿山大照院(200円)到着。受付の窓口で入場券を購入しようとして、
ふと中を覗くと、受付役の坊主の周りには、テレビあり、ストーブありと、至れり 尽くせりな環境になっていました。いわゆる、○○○○坊主ってやつですか。 んで、奥に入ってゆくと、ここだけにしか生えない珍しい四角形の竹が生えている 群生があって、みんな興味深げに触っていましたが、僕は何か、ナメさんの気配を 感じたので、触れませんでした。竹触って失神でもしたらお笑い者だし。 さらに奥へ進むと、古びた門が建っていました。ガイドさんの説明によれば、 当時この先は極楽とされており、この先に、毛利家藩主が眠っているんだそうです。 いざ、極楽世界へ。無事、拒否されることもなくくぐれました。 まず何に驚いたかって、その灯篭の数!!そして、灯篭の奥にそびえる4対の 鳥居。鳥居の奥に、各藩主のお墓が建てられていました。この雰囲気は、まさに 来世の世界を表しているような感じでした。 この灯篭は、武家社会では以前より殉死といって、藩主が亡くなったときに、 家臣があの世までお供する習慣があったのを、4代家綱の治世でそれを禁止 した際に、殉死の変わりとして建てられた物なのだそうです。 ちなみに、お寺の内なのに鳥居が建っているのは、当時の考えである、 「神仏習合」という理念によるものです。 そしてバスに乗り込み、次の目的地、萩市へと向かう。 途中ガイドさんから、萩では夏みかんが産物としてあげられ、萩周辺の街灯は 夏みかんの形をしているという説明を受ける。 |
| 10:00 | 明倫館跡(現明倫小学校)を車中より見学し、次なる目的地、萩市に到着。
もうここは、幕末マニアなら1度は訪れたい場所だと思いますが。 まずは大まかな説明を受けながら、ガイドさん先導により、 青木周弼旧宅→木戸孝允誕生地→田中義一誕生地→高杉晋作旧宅と散策する。 その後、11:00バスに集合という説明を受け、各自自由散策となる。 とりあえず管理人達は、真っ先にそのまま高杉晋作旧宅に吸い込まれる。(100円) 管理人が知っている高杉晋作知識は、奇兵隊を結成したことと、 27歳8ヶ月で亡くなったことくらいだったので、友達から色々説明を受けたり、 説明書きを読んだりして、感慨に耽る。 高杉晋作の号、「東行」の墓の近くには、伊藤博文が彼を顕彰した大きな碑があり、 「動けば雷電の如く、発すれば風雨のごとし」 と刻まれています。ちなみに東行というのは、彼が詠んだ歌、 「西へ行く 人を慕いて 東行く 我心をば 神や知るらん」 と歌ったことに由来します。歌の意味については省略ということで。
最後に、高杉晋作辞世の句(未完)。 「面白き こともなき世を 面白く 詠みかけの歌はここで途絶えたそうです。あなたなら、この後に何と詠みますか? |
| 10:45 | なかなか満足して高杉晋作旧宅を出ると、同じツアー参加客の方とすれ違い、
「木戸孝允さんの家、凄いわよ。説明を聞かせてくれて、しかも無料だから行って みるといいわよ!!」 という話を聞く。何気に時間ももう無かったので、一目散で木戸邸に向かう。 |
| 10:50 | 木戸孝允誕生地到着。が、もう既に時間がありませんでした。
とりあえずサラッと見た感じでは、武家屋敷の趣を雄大に伝える、とてもゆっくりと 見たいお屋敷でした。時間配分を見誤り、後悔。 |
| 11:00 | ツアー客の中で、最後にバスに到着。
次の目的地、松陰神社と伊藤博文別邸へと向かう。 |
| 11:10 | 萩松陰神社到着。萩と同様、まずはガイドさん先導の元、大まかな説明を受けながら、
団体行動でぐるりと回る。そして、おおまかに回った後、伊藤博文別邸に向かう。 |
| 11:20 | 伊藤博文別邸到着。しかし、この時点で自由行動となった為、伊藤博文にあんま
興味がない管理人達は、また松陰神社に戻る。 松陰神社に戻ると別のツアー御一行がたくさん来ていて、人がごった返していました。 さすが松陰先生。こればっかりは仕方ないことなので、なるべく人が少ない場所から 見て回る。 ちなみに、「萩松陰神社」の他に、実は東京都世田谷区に、世田谷松陰神社もあるの です。ここで吉田松陰について書くととても膨大になってしまうので省略せざるを得ま せんが、幕府反逆の罪により、萩で捕らえられた吉田松陰、江戸の伝馬町まで連れて こられ、安政の大獄により、時の大老、井伊直弼に処刑されてしまいます。 そして4年後、伊藤博文らにより、世田谷の地に祀られ、松陰神社が建立されました。 しかし、松陰先生のお社は松下村塾のあった萩にもあるべきだとする弟子達が、 その遺髪を萩まで持ってきて、松下村塾近くに建てられたお社が、 この萩の松陰神社なのです(間違っていたらすいません)。 もし東京近辺に住まれている方は、1度世田谷の松陰神社を訪ねてみては? そしてもう一つ、安政の大獄の後、大老井伊直弼は桜田門外の変により、水戸脱藩 浪士らにより暗殺されてしまいますが、その遺体はなんと、世田谷松陰神社の目と 鼻の先にある、豪徳寺というお寺に祀られているのです。 欧米列強の脅威をきっかけに、日本の未来を憂いつつも、その手法が相反した ばかりに敵対する運命となった2人が、死後、こんな近くに祀られるというのは、 何ともいえない運命というものを感じます。
今の日本を見て、2人は一体どんな会話をしていることか。
ついでに、松陰先生が亡くなる一年前に、弟子に送った漢詩の日本語訳です。 志を立てるためには 人と異なることを畏れてはならない 世俗の意見に惑わされてもいけない 死んだ後の業苦を思いわずらうな また目前の安楽は一時しのぎと知れ 百年の時は一瞬にすぎない 君たちはどうか いたずらに時を過ごすことのないように (「その時歴史が動いた」より) |
| 11:40 |
と、時間いっぱい見渡していると、どこからか「ピンポーン」という聞きなれた音が響く。 音の発生場所を見ると、中年男性が、 「違うな〜、あ〜、だめだな。お、よ〜しよし…。」 と、ぶつぶつ呟きながら、丹念に写メールで撮影していました。 あと何故か、松陰神社でおみくじをひこうとしたら、1回30円のところが、なんと、 20円で出てきました。やったー。これはやっぱ、日頃の行いか。内容はあれでした。 そして、昼食会場の、萩シーランドへ向かう。バスガイドさんの話では、なんとここでは 新鮮な鉄火丼が380円から食べられるらしく、かなり期待に胸が弾む。 |
| 12:00 | 昼食会場となる萩シーランドに到着。一目散に鉄火丼のお店に走る貧乏2人!
が!! メニューをみたら、「鉄火丼 1380円」??? そうかー、そういうことだったのか。 管理人達は、あまりお金に余裕がある訳ではないので、1番安そうなお店を探すも、 観光客目当ての施設だからなのか、結構値段が高めで、どうしようかなぁ、と 思っていたら、何か甘〜い香りが…。匂いのもとを調べると、「蒸気船饅頭」という 出店が。 しかも、1つ70円!友達はまだ朝食が残っているということだったので、管理人が 試しに1つ買ってみる。すると、要はたいやきの亜種みたいなもんでした。 でも何か、スッゲー美味かった。思わず2つ買ってしまいました。これでお昼は満足♪ |
| 13:00 | 萩シーランド出発。次なる目的地、秋吉台並びに秋芳洞へと向かう。 |
| 14:00 | 秋吉台一帯に到着。ちょうど僕らが来る前に、実は、秋吉台名物の山焼きが行われる
予定だったらしいんですが、それが雨で延期となり、次の実施予定日が、何と今日だった らしいのです!しかし、幸い?今日も雨となり、今回、観光することが出来たということ でした。あと、秋吉台について色々とご説明を受けたのですが、いまいち覚えてません …。確か、カルスト地形がなんたらとか。晴れていれば、白いむき出しの石灰岩群が 見れるらしいんですが、雨だと水と反応して、黒い石灰岩群になるらしいです。僕らが 見たのは、黒い石灰岩群でした。多分。まぁ、詳しくは下の方で…。 ちなみに、秋吉台に到着する前に、秋吉サファリパークの前を通ったのですが、そこで 運良く熊が見れました!しかもうじゃうじゃ。ガイドさんの話によれば、園の外側から 動物が見れるのは、ラッキーなことらしいです。 そして、秋吉台展望台に到着。ここでガイドさんが、 「秋吉展望台にはソフトクリーム屋さんが2軒あるのですが、手前のお店の、夏みかん ソフトクリームは地元ガイド達の間でも凄い支持を受けていますので、よろしかったら 皆さんも食べてみて下さい!」 と、教えてくれる。でも、雨が降っていてかなり寒かったので、僕は食べませんでした。 でも、さすがガイドさん、他の方々は、ほとんど買っていました。 さて、展望台に登ってみるか…。 ずっと霧で何も見えねぇよ!(三村) バスの中 周りの景色は 霧の中 次の目的地、秋芳洞へと向かう。 |
| 14:20 | 秋芳洞到着。まず入場する前に、内部通路は狭いので、2列に並べられ、この
隊列をなるべく崩さないで進んで欲しいと言われる。 そしていざ入場。ここは本当に凄かったです。フィルムの都合上、写真が1枚しか 捕れなかったのが痛かったですが、ホント、グロ凄いって感じでした。 秋芳洞の中は、1年中17℃に保たれ、洞窟の長さはおよそ5500mとのこと。 管理人はこういう洞窟って、凄い好きなんです。何か、別世界に来たような雰囲気が 味わえて。ただ、今回地上では雨が降っていたので、そのせいか、滝のように水が 天井から降ってきていました。まぁ、それもまた粋なもので良かったけど。 ちなみに後半、2列を守っている人は誰もいませんでした。 色々見とれながらふと脇を見ると、出口の寸前のところで、探検コースというなにやら 面白そうな立て札の立つコースを発見する。ガイドさんに聞くと、あっちはさらに険しい コースがあるとのこと。今度来ることがあったら、是非あっちにも行ってみてぇっす。 |
| 15:00 | 22日分全ての観光を終え、今日の宿泊地、広島プリンスホテルへ2時間30分かけて
向かう。途中、若干高速道路の渋滞に巻き込まれましたが、かなりスムーズに到着 出来ました。 |
| 18:00 | 広島プリンスホテル到着。今夜の食事は自由行動となっていたため、部屋に荷物を置き、
すぐさまバスに乗車し、広島駅周辺の市街地へと向かう。 |
| 19:00 | 広島駅ビルアッセ到着。若干迷うものの、駅ビル内のレストラン街に到着。
そのなかで、全てお好み焼き屋さんで埋め尽くされているフロアなどが1つあったり して、お好み焼き嫌いな管理人としては歯の浮くような感じになる。また、広島に 来たことを実感する。結局お好み焼き屋さんはパスして(もらって?)、無難なダイエーの 地下とかにありそうなうどん屋さんで夜ご飯を食べる。丁度うどんが2倍キャンペーン とかだったらしく、凄いお腹一杯食べれました。 |
| 20:30 | 駅前のデパートで適当に食料などを買い込み、再びバスに乗りホテルへと戻る。 |
| 21:00 | ホテル到着。部屋に戻り、氷結を飲みながら世界ふしぎ発見を見ていたら…、いつの
間にか寝ていました。旅行も明日で終わりか〜。おやすみなさい。 |